スプライトシュピーゲル II Seven Angels Coming (2)

「ボク、死ぬの怖くないの。だって機械の体なんて、神様がくれたおまけだし。それにボクが知ってるこの世界って、多分、ボクの頭の中にあるものだから。ボクが消えたら、乙ちゃんも消えちゃうと思う」

「勝手に消すな」呆れ顔。「お前が死んだって、オレ生きてるし」

「でも、ボクが知ってる乙ちゃんは消えちゃうよ?ボクが見てる乙ちゃんは、他の人が見てる乙ちゃんじゃなくて、いっぱいある色んな乙ちゃんの一つだから。誰かが死ぬと、その人が知ってる他の人も消えてなくなっちゃうの。もし世界中のみんながいっぺんに死んだら、きっとみんなが知ってる太陽も月も地球も、きっと消えちゃうよ」

 やたら衒学的かつ認識論的な解釈ーーはいはい、となげやりに手を振る乙。

「別に、怖くねーんだったら、消えるとか関係ないんじゃね?」

「独りぼっちが怖い」ぽつんとした言い方。「鳳や乙ちゃんが死んだら、二人が知ってるボクが消えちゃう。それって大事なボクで、一緒に色んなボクが消えて、ボク独りになるの。それで何が好きとか、何が嬉しいとか分からなくなるの。前は、そんなの怖くなくて好きとか嬉しいとか別に大事じゃなかったけど、鳳と乙ちゃんがいて、独りぼっちになるのが怖くなったの。変なの。自分が死ぬの怖くないの。鳳や乙ちゃんが死ぬ方が怖いの」

「ジンクスは、何より、忠実であれと人に教える」

 不自然なほど自然なアクセントのドイツ語ーーまるで昔からそこに立てられていた標識のような風情ーーターナー・カルテンボーン。

「忠実こそ、不屈さの源だ。古代スパルタの兵しかり。ヴァイキングしかり。あと私の身内では米国海兵隊しかりだ。ジンクスをおろそかにしない者ほど粘り強く挫けにくい」

「ロンドン同時爆破テロの後、警察官数名が無実の民間人をテロリストと誤認し、取り囲んで近距離から射殺した。間抜けとしか言いようがない」 

 日向ーー駅の階段を下りながら肩をすくめる。「自分がいる場所が戦場だと思ったんだろう。臆病な人間ほど、自分を容赦のない兵士だと思いたがる」

「テロを戦争呼ばわりしたつけを、一般市民が支払わねばならなかった悪例だ」

「刃物になれるってのは、お前さんの素質だぜ」優しい声。「善か悪、どっちかになるってことだ。刃物に曖昧さはねえのさ。善の善になるか、悪の悪になるか。それとも善を活かす悪になるか、悪を生かす善になるか。なんであれ善か悪かだ。それが真っ二つにするってことだ。お前さんの中のワニは、恐ろしく危なっかしいんだろうさ。善か悪か、どっちかになれって言われることほど、危なっかしいことはねえからな」

「銃に心を委ねたことは一度もありません」

 屹然とはねのけるーーうっかり熱い火に触れたようにターナーが身をすくめる。

「あたくしの正義は要撃です。銃の前にあるもの、銃そのものに、心を委ねることは許されません。それは、あたくしの背後にあって守られるべきものにのみ許されることです」